復元工事を進めている東京駅駅舎の外観が公開されました。

多くのメディアでそのことを取り上げています。

東京の、日本の顔として、67年前の勇壮な姿を取り戻したと報道され、昔の東京駅を知っている人にインタビューなどもして懐かしいエピソードなどが流されています。

それはあくまでも都市のアイコンとしての評価であって、果たして文化財の復元としてはどうなのか?(東京駅は重要文化財です)我々一般人はどこでその正当な評価を知ることができるのか。いや、知りたいと思う人はいるのか。
そんなことをほつほつと考えていると、
改めて文化財の修理や復元にかけるエネルギーってなんなんだろうかと思ってしまう。

税金から10億以上出して5年かけてある住宅の文化財を解体・復元する。
一流の職人さんたちが持てる技術と知恵を結集して昔の職人さん達に習い、敬意を表し、それを超えんと成し遂げる仕事。

時間もお金も手間もものすごいエネルギーよね。どんな建設現場より濃度が高い気がする。
法隆寺が1300年建っているなら、それをこれから1300年守る義務がある。
いつまで持てばいいとか、何年耐用なんて発想がない。(もちろんメンテナンスは必要)

そんなエネルギーをかけていることが財源不足の矢面に立たされた時、どんな議論が展開されるのか。

蓮舫さんの「1位じゃなきゃダメなんですか?」ではないけれども、「全く同じじゃないとダメなんですか?」
って意見は当然出てくるんじゃないか。

科学技術の世界では1位を目指してもそれが達成出来なかったり、すぐに抜き返されたりするんだろう。スパコンの性能なんて次々と順位が入れ替わる。
それはみんなが1位を目指すからそんなことが起こる。2位でいいって思ったらそこで進歩は止まるんじゃないか。

文化財を残すのにどうしてそんなエネルギーが必要か。
それは文化財が唯一の本物であり、時間と共に崩壊していく運命にあるから。
一度でも本物を残すことを諦めてしまうと、そこで終わる。

一度失われた本物を二度と取り返すことができないから、その時の情勢や政治的判断、経済状況、個人の裁量で変えることの出来ない重荷を背負っている。科学技術の遅れは時間をかければ取り戻すことが出来たとしても。
京都に行って見るお寺や神社も、神戸に行って見る洋館も、パリに行って見るゴシック教会も、イタリアのローマ遺跡もそうやって守られてきた。

そこに敬意を評しつつ、未来の人々へそれを伝える仕事。
きちんと評価を公表してみんなで考えるべき問題だと思います。